言  の  葉

「おれ、窃盗やってた」
        …いいんだよ。

「わたし、援助交際やってた」
        … いいんだよ。

「おれ、イジメやってた」
        … いいんだよ。

「わたし、シンナーやってた」
        … いいんだよ。

「おれ、暴走族やってた」
        … いいんだよ。

「わたし、リストカットやってた」
「おれ、カツアゲやってた」
「わたし、家に引きこもってた」
       … いいんだよ。
           昨日までのことは、みんな いいんだよ。

「おれ、死にたい」「わたし、死にたい」
       … でも、それだけはダメだよ。
           まずは今日から、水谷と一緒に考えよう。

       … 生きてくれさえすれば、それでいいんだよ。

 

不登校、ひきこもり、リストカット、薬物乱用… 12年間夜の街を回り、5000人の生徒と向き合った「夜回り先生」こと、水谷修先生の言葉です。

そして先生は どの子に対しても、「先生が一緒にいるよ」と声をかけます。

なんだか阿弥陀さまのおこころを聞いたような気がしました。
阿弥陀さまも「立派な人になりなさい」「いい人間になりなさい」とは 言われない。
「そのままでいいんだよ」 「立派な人には、なかなか なりきれない」そんな「わが身を知れよ」 だからこそ 私がここにいるよ…と。

水谷先生は、今の社会は「だめだよ」という言葉が満ちているといいます。
会社で「何やってんだ」と怒鳴られた父親が、家では妻に「風呂も沸いてないのか!」。イライラした母親は子供に「こんな点数じゃダメ!」。すると、子供は…?

ついつい「ダメじゃないか!」といっていまう私だから、余計に「いいんだよ」が心にしみたのかもしれません。

「いいんだよ」と丸ごと認められるからこそ、
「そのままでいい、といわれて このままではいけない、と思うようになった」
という 言の葉【17】の善巧寺ご住職の言葉が出てくるのだと思います。

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