人生の栞


パンを食べるアメリカが、どうして米国で、
お米を食べる日本は米国でないの?

これは、ある高校生の質問です。どうしてでしょう?

メリカは、英語でそのまま書けば、America です。しかし、今でこそ私たちはこの文字を見て、ちゃんと(それなりに?)発音できますが、その昔、アルファベットのわからない人たちには読めませんでした。

こで日本の学者たちは、この America という発音を日本語の文の中で表すのに亜米利加と字を当てたのです(どうしてカタカナにしなかったでしょう?)。
同じように ドイツ は独逸、フランスは仏蘭西 というように当てました。

して、その亜米利加のうちの1文字である「米」をとって米国いうわけです。
だから、米を食べる食べないは関係ありません。

つは私も幼いとき、フランスの大統領が日本に来たという報道で、「仏大統領、来日する」という見出しを見て、「仏さまの大統領って、どんな仏さまかな?」と思ってましたもの。もちろん、仏さまではなく、人間でしたけど…。

まり、亜米利加とか仏蘭西というのは、英語の読めない人でも漢字がわかれば発音できるように当てたもので、文字そのものには意味はありません。口に発音することに意味があるのです。

 無阿弥陀仏も同じです。南無はインドの言葉の namas  、阿弥陀は 同じくamita    の発音を当てたもの。仏は  buddha です。インドの言葉のわからない私たちが、お釈迦さまが発音された音を限りなく近く、口にするための文字なのです。

すから、南無阿弥陀仏に勝手に返り点などを付けて、「南ニ 阿弥陀仏 無シ」なんていわないで下さいね。私の口にナモアミダブツと称えるための文字なんですから。

こまで聞いて、冒頭の高校生クンが、ひとこと…

  「な~んだ、そうだったのか。まァ、パンを食べるアメリカが国でもしかたない。
    だって、ご飯を食べる日本も、ジャパン っていうもんネ!」
「…………。」

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