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住職ノートnote

どっちでもいい?


「ナモ アミダブツ」ですか? 「ナム アミダブツ」 なのですか?とよくきかれます。

答え⇒ どっちでもいいんです。

お釈迦さまは、インドの方ですから、インドの言葉で話されました。
だから、お経はもともと インド語(サンスクリット語)です。

それを中国のお坊さんたちが、中国語(漢字)に訳されました。
インドの言葉の意味を中国の言葉に置き換える(翻訳していく)わけですから、それはそれは、大変な作業だったことでしょう。

そんな中、人の名前や地名などの固有名詞やインドにあって中国にはない植物の名など、訳そうにも訳しきれない言葉がありました。そこで、そのよう言葉は、その音をそのまま漢字に当てる、つまり「音訳」されました。

たとえば、
中インドのマガダ国の王 ビンビサーラ(Bimbisara)は、頻婆娑羅
白い蓮の花 プンダリーカ(pundarika)は、 芬陀利華
というよう音写されました。

これと同様に、 南無という字は、インドの namas という言葉の音訳です。
もし、 namas という言葉の発音を、現代の日本人が聞いたら、「ナモ-」「ナマー」「ナムー」と、その人に よって異なったカタカナで表現するでしょう。
ちょうど、thank  you が サンキューとセンキュー と両方に聞こえるようなものです。

よって、その namas という言葉 を、南無と書いて、文字通りナムと読むか、ナモというかの問題ですから、どっちでもいいと言ったのです。

しかし、それでは不揃いで何かと困るので、浄土真宗本願寺派(西本願寺=私たち)では、ナモといい、大谷派(東本願寺)では、ナム ということになっているようです。