人生の栞

第二次世界大戦が終了し、アメリカの占領下にあった敗戦国日本の将来を決めるサンフランシスコ対日講和条約が1951年9月に締結されました。

この会議においてセイロン(現スリランカ)代表のジャヤワルダナ外務大臣のスピーチは、日本の命運を一変させたといわれます。
それは、各国首脳をたいへん感銘させ、ジャヤワルダナ氏を「世界最高の外交官」と言わしめるほどで、次のようなものでした。

「我々セイロン国は、戦時、日本軍による爆撃や重要産品の生ゴムの支配など、様々な戦争被害を受けた。これは当然つぐなわれるべきものである。しかし、我々は、仏陀の教えを信じる仏教徒である。
仏陀の言葉には、

『もろもろの怨みは 怨み返すことによっては、けっして鎮まらない。
ものもろの怨みは 怨み返さないことによって鎮まる。
これは永遠の真理である。』

とある。よって、我々セイロン国は日本に対する損害賠償権の一切を放棄する。」と。

歴史の中に仏陀(釈尊)の言葉をしっかりと見据えた、高らかな宣言でした。(同様の趣旨でインド、ラオス、カンボジアなども賠償請求権を放棄)
そしてその上で「アジアの将来にとって、主権独立した自由な日本が必要である」ことを強調して、一部の国々の主張した日本分割案に真向から反対して、これを退けたのです。

つまり、今日の私たちの豊かな生活や 主権国家として日本の繁栄は、スリランカなどの仏教徒のこころなくしては ありえないものであるといえます。

しかし、そんなこと 私は全く知りませんでした。教科書でも、新聞でも、テレビでも 見たことがありませんでした。たまたま、本願寺門主の著書「朝に紅顔ありて」(今年4月刊)の中にその史実が紹介されていて、初めて知りました。

それから 調べてみたのが 上に書いたとおりのことです。私は今までに スリランカ(セイロン)の人とお会いしたことがありましたが、「その節は 有難うございました」と 御礼の言葉をいうことができませんでした。(オハズカシイ)

おかげ・めぐみ・ご恩… これらば 「知らされる」「聞かされる」ことがなければ、文字通り「わからない」のだと痛感しました。知らなければ、御礼(有難う)もお詫び(ごめん)もありません。

調べていくうちに、セイロン外相は、怨み返すことが、さらなる怨みを生むことを歴史の中で知っていたことがわかりました。
それは、あの第一次大戦のとき、 敗戦国となったドイツに対して、戦勝国側が過酷な賠償を請求し、それに対する怨みがついには ヒトラーを生んだことです。そして、第一次大戦以上の痛ましい第二次大戦へと連なっていったという、まさに釈尊の言葉どおりの歴史です。

「怨み返さないこと」…。それは頭では理解できても、「自分の問題」となったとき、これほど 忍耐の必要で、難しいものはないでしょう。そして、それを実践されたセイロン他の諸国には ただただ 頭が下がるばかりです。
※ ジャヤワルダナ外務大臣のスピーチ記録は ココ に掲載されていました。

人生の栞(もくじへ)