ひらがな法話


今から数十年前のことです。地の果て南極において、日本が気象観測などを行う南極観測隊の昭和基地での出来ごとだ聞いています。

当時、南極といえば、その行き帰りはいうまでもなく、現地での生活は、現在よりもっと大変で、命がけのことでした。

屈強な男性たちが隊員として派遣され、その任務を行うのですが、さずがに何ヶ月にも及ぶ滞在は、心寂しいもののようです。ふるさと日本を思うにつけ、残してきた妻や子、親兄弟がなつかしく、心配でもあります。

そこで、数ヶ月に1度、遠く日本から家族の手紙や差し入れが飛行機で運ばれました。それぞれ自分宛に届いたの包みを心弾ませて開いてゆきます。

ぬくもりいっぱいのセーターや留守中に生まれたわが子の写真などが出てくる度に、四、五人の部屋の仲間達は、まるで子どもの様にはしゃいでいました。

そんな中、日本にいる奥さんからの一通の手紙を開いたとたん、その手紙を抱き締めて泣き始めた隊員がありました。同じ部屋の仲間達は、留守中の日本で何か不幸なできごとでもあったのかと心配になりました。

ところが、泣きながら差し出された手紙を見せられて、他の仲間たちもまた泣き始めたのです。大の男たちが部屋中でみんな泣いています。

その奥さんからの手紙は、たった一行、僅か3文字でした。そこには、
「あなた…」
とだけ書いてありました。

しかしながら、その三文字の中には、

あなた お元気ですか。

私も寂しいけれど、子ども達が、お父さんの分までと
健気に支えてくれていますよ、あなた…。
どうぞ御無事でお帰り下さいね、あなた…。
またあえる日を楽しみに留守を守ります、あなた…。
でも、本当はちょっぴり淋しいのよ。あなた…

と、日本にいる奥さんのご主人への書ききれない思いのすべてが、込められていました。

そして、その思いのすべてが3文字となって日本から南極へ届けられ、ご主人の胸の中で広がったのです。だから、男たちは、泣き出さずにはおれなかったのでしょう。

さて、南無阿弥陀仏はわずか6文字ですが、そこには如来さまの、私を心配して下さる思いのありったけが込められています。いつでも、どこでも、どんなことがあっても、この私を守り、心配して下さる如来さまからのお手紙が南無阿弥陀仏です。

仏さまからこの私へのお手紙-南無阿弥陀仏。ナモアミダブツ…。
どうぞ、大切に 受け止めてください。

※※※ 発見とお詫び ※※※
2002年7月9日に放映されたテレビ番組の中では、なんとこの「アナタ」は、実は手紙ではなく、電報だったありました。それも、奥さんがご主人を心配したものではなく、お酒を飲み過ぎないように「アナタ!」と戒めた電報だったそうです。

そして、お酒のトラブルを聞いた奥さんは、この電報に続いて「プンプン」と怒っているメッセージを送ったという内容でした(^_^;)。

その後、2008年1月8日放送の「人生が変わる1分間の深イイ話」という番組で、やはり、この「アナタ」の話が採り上げられました。

それによれば、この「アナタ」は、1956年、日本から初めて派遣された南極観測隊の隊員たちに送られた家族からの手紙でした。しかし、手紙と言っても、当時は日本からモールス信号で送られてきた文字を、タイプライターでカタカナ文字に打ち直すというものなので、字数制限があったため、こんなふうに短く思いを伝える言葉になった…とありました。

ということで、この手紙はどうやら、「電報=モールス信号をタイプで打ち直したもの」であると思われます。
ただ、最初の「奥さんが怒ったもの」というよりも、奥さんからの心配の手紙の方が 私としてはグッときたので、実話は実話として、この話(フィクションとなってしまいました)をそのまま 掲載しておきます。

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