| はじめに… |
| はじめに… |
| 仏教(浄土真宗)は、とても素晴らしい教えです。 ところが、それを伝えていく際に、あまりにも専門的な言葉が使われてきたように思います。そして、お坊さんといえば、法事や葬式の時だけ用事があるものになりました。 しかし、仏さまの教えは、決して 「死ぬための準備」ではありません。それは、この私が「生きていく糧(=活動の源 )」です。 今、そのことをお伝えするのに、そのキーワードをひらがな としようと思います。 そう、漢字だらけのお経を、「ひらがな」でお伝えしたいのです。つまり、お経の解説ではなく、直にあなたにそのこころを届けたいのです。ちょうど、このHPのタイトルで 諸行無常を 「日日あらたに」と言い替えたように… です。 私は、山陰の片田舎のお寺の住職(1958年生れ)です。残念ながら浄土真宗の教えの学問(教学といいます)を、究めた学者ではありません。そういう意味では、浄土真宗の教科書とは、少しズレがでるかもしれません。 あくまで、わたしの受信機に届いた「お念仏のこころ」をお伝えするばかりです。どうか、その点をお含みの上でご覧下さい。 門徒さんと直に関わる住職として、門徒さんと共に聞いてきたお念仏のみ教えを私なりにお伝えする…。そんなHPです。 しかしながら、インターネットはあくまでバーチャルな世界です。どんなに美味しそうなご馳走を並べても、決して、それを食べることはできません。あくまで、最終的にはアナタが、お寺に足を運んで下さることを願って止みません。 合 掌 |
| 『日日あらたに』 …… ヒ・ビ・ア・ラ・タ・ニ? |
| もうひとつ漢字を使うと、『日日新たに』となります。 これは、仏教の三本柱のひとつ、諸行無常という言葉を言いかえたものなんです。 諸行無常といえば、すぐ 『祇園精舎の鐘の声、諸行無常のひびきあり…』 という『平家物語』の一節を思い出されるように、どうもあまり明るい意味では使われていないみたいです。 ちょっと、考えてみてください。 なるほど、秋に花が散っていくのは、たしかに無常です。 花が咲くのも、実は、無常だから なんですよね。 いいこともわるいことも、いつまでも続かない ってことです。今日という日は今日しかないってことです。 無常、無常と下を向いて言うのでなく、 そういう願いをこめて名づけました |
| オリジナル・ステッカー | |
| 日日あらたに オリジナル・ステッカー プレゼント中! | |
■ サイズ |
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(大)12.0cm×3.6cm![]() 自動車・カバンなどへ… |
(小) 4.0cm×1.3cm PCのキーボード付近・携帯電話などへどうぞ…。 |
| 実際のステッカーの色とは 異なって表示されています。 (実物の地色は こんな感じです) |
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■ステッカーを手に入れる方法 |
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| @ 西楽寺へお参りする(行事への参加・普段に「こんにちわ」と行く=いずれも可) A 住職と 出会う(仏事の席・街中でバッタリ、いずれも可) B @、Aの可能性の少ない場合は、Eメールまたは郵便にて、住所・氏名と「ステッカー希望」の旨を明記して西楽寺へ連絡する。 ※ 以上のいずれかで 先着順に プレゼントします。 |
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| ■ ロゴマークの由来 | |
| ご覧のとおり、このマークは、 「HIBIARATANI 」の 頭文字 H と A を組み合わせたものです。 そのデザインは、川のための岸、 私のための本願という言葉に由来します。 つまり、川に寄りそう 岸辺のように、阿弥陀さま(本願)は、私から片時も決して離れることなく、いつでもどこでも一緒にいてくださるという意味です。 (ひらがな法話「川のための岸」も併せてご覧下さい) 今、このHは 本願のH であり、その本願(阿弥陀さま)に、この私(A=歎異抄では悪人と言われる)が、つつまれている。そして、つつまれている私(A)が、私のまま、 いのちいっぱい生きていく…。そんな イメージです。 このステッカーを貼っていただいて、阿弥陀さまにつつまれている自分に気づき、新しいいのちを輝かせながら、「日日あらたに」と生き抜く機縁になれば、この上なく幸いに思います。 |
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